本件発明:
(特許第5186050号の請求項1に従属する請求項4の発明)
【請求項1】自己由来の血漿、塩基性線維芽細胞増殖因子(b-FGF)及び脂肪乳剤を含有してなることを特徴とする皮下組織増加促進用組成物。
【請求項4】豊胸のために使用する請求項1~3のいずれかに記載の皮下組織増加促進用組成物からなることを特徴とする豊胸用組成物。
ポイント
本件は、①自己由来の血漿、②塩基性線維芽細胞増殖因子(b-FGF)、③脂肪乳剤 の3つの成分を含有する「豊胸用組成物」の特許権を侵害されたとして、医療機器販売会社である特許権者が美容クリニックの医師を訴えた損害賠償請求事件の控訴審判決です。第三者意見募集を経て、知財高裁の大合議で原判決が取り消され、特許権者による損害賠償請求が認容されました。
特許権者側は、医師が美容クリニックで提供する豊胸術に用いるために特許発明と同じ成分を含有する混合薬剤を生産したことが特許権侵害に当たると主張しました。判決では、「被告が成分①②③を同時に含む薬剤を実際に調合し患者に投与した」として、被告医師の行為は特許発明の実施に当たると認定されました。そして、医師側の抗弁として、美容クリニックにおいて処方せんを発行することなく看護師又は准看護師に指示して混合薬剤を製造する行為に対して、「二以上の医薬を混合することにより製造されるべき医薬の発明」に関する特許権の効力の制限(特許法69条3項)が適用されて、医師の行為が免責され得るか否か、が争点の一つとなりました。
【特許法69条3項】
二以上の医薬(人の病気の診断、治療、処置又は予防のため使用する物をいう。以下この項において同じ。)を混合することにより製造されるべき医薬の発明又は二以上の医薬を混合して医薬を製造する方法の発明に係る特許権の効力は、医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する行為及び医師又は歯科医師の処方せんにより調剤する医薬には、及ばない。
特許法69条3項は、昭和50年の特許法改正により、それまで特許法32条「特許を受けることができない発明」に規定する不特許事由に列挙されていた医薬に関する発明を特許権の対象とすることとした際、調剤行為に特許権が及び、差止や損害賠償の対象となるという事態を回避するために設けられた規定です。
本件では、3つの成分を混合することにより製造される「豊胸用組成物」である特許発明が、「二以上の医薬を混合することにより製造されるべき医薬の発明」に当たるかが判断され、特に「医薬」の定義が重要となりました。判決では、特許発明に係る組成物は、豊胸のために使用するものであって、その目的は主として審美にあり、現在の社会通念に照らしてみても、特許法69条3項にいう「医薬(人の病気の診断、治療、処置又は予防のため使用する物)」ではない、として同項の適用が否定されました。
考察
特許法には、医療行為全般に特許権の効力が及ばないという明確な規定はありません。69条の「特許権の効力の及ばない範囲」で免責されているのは調剤行為と調剤による医薬だけです。
本件では、医師が診療のために院内で薬剤を混合して医薬を調製する行為が、発明の実施(物の「生産」)行為に該当し得ることが明確に示されました。
そして、「特許権の効力が及ばない範囲」での実施として、美容クリニックでの混合医薬の製造行為が免責され得るか否かが、侵害成否に関する重要な争点となりました。けれども、本件では、医療従事者の行為態様そのものが免責規定の適用可否の直接の判断対象となったわけではありません。
判決では、特許法69条3項の適用を否定するロジックとして、特許発明が「医薬の発明」ではない、という理由で判断されました。「病気」の一般的な意味について、広辞苑等も参照したうえで、主として審美を目的とする豊胸手術を要する状態は、「病気」とはいえず、豊胸手術に用いる薬剤の選択については医療行為の円滑な実施という公益を認めることはできないから、一般的な「病気」の語義を離れて、特許権の行使から特にこれを保護すべき実質的理由は見当たらない、と判示されました。
本件では、美容クリニックの医師に対して権利行使が認められ、医師の特許権侵害責任という問題に一定の指針を示したものといえます。
※本稿は、当事務所化学・ライフサイエンスグループの勉強会で取り上げたテーマをもとに執筆しています。化学・ライフサイエンスグループの所内勉強会では、判例や審査基準、制度改正など様々なテーマを取り上げています。本コーナーでは、その中から「少し気になったこと」を不定期に取り上げます。
執筆者 中濱明子
