「特許・実用新案の審査基準」が改訂されました。改訂後の審査基準は、令和8年7月1日以降の審査に対して利用されます。その概要について説明します。
※本記事は、正確な情報提供に努めて作成したものではありますが、内容の正確性・完全性を保証するものではありません。個別の案件においては、必ず「特許・実用新案審査基準」の改訂全文をご確認いただきますようお願いいたします。
1.改訂された事項
今回の改訂は、主に以下の事項に関するものです。
・「除くクレーム」とする補正について
・外国語書面出願の分割の実体的要件等について
・同一出願人による同一発明についての同一出願の一部が審査請求されていない場合の取り扱いについて
・第29条の2の適用の要件における出願人同一の考え方について
以下、それぞれの事項の改訂の内容と、実務への影響が大きいと考えられる1点目~3点目に関する実務上の留意点について説明します。
2.「除くクレーム」とする補正について
2.1.改訂の内容
審査基準の以下の項目が改訂されました。
・第III部第2章第2節「進歩性」
・第IV部第2章「新規事項を追加する補正」
<「進歩性」の項目における改訂のポイント>
・改訂前の審査基準では、阻害要因があることをもって直ちに進歩性が肯定されるわけではなく、進歩性が否定される方向に働く要素も含めて総合的に考慮したうえで、論理付けができるか否かを判断されることが明確に記載されていなかった。そこで、この点が明確になるように、審査基準が改訂された。
・進歩性の判断は、「引用発明に接した当業者」の視点から行われるべきところ、改訂前の審査基準ではこの点が明確でなかった。これにより、阻害要因や設計事項等の評価における判断の基準が「引用発明の発明者」の視点であるかのような誤解を生じる可能性があった。そこで、この点が明確になるように、審査基準が改訂された。
<「新規事項を追加する補正」の項目における改訂のポイント>
・改訂前の審査基準では、引用発明との重なりのみを除く補正でありさえすれば新規事項の追加に該当しないとの誤解を生じる懸念があった。そこで、このような補正は通常許されることが多いということが明確になるように、審査基準が改訂された。具体的には、「引用発明との重なりのみを除く補正」は、あくまでも「除くクレーム」とする補正が認められる類型の一つであるということが明確化された。
2.2.実務上の留意点
審査ハンドブックにも大きな改訂がありました。具体的には、第XII部が新設されてそこに「除くクレーム」とする補正がされた出願の審査に関する記載が追加されました。「除くクレーム」とする補正を検討する際は、審査ハンドブックも確認すべきでしょう。
審査ハンドブックに記載された事項のうち、特に留意すべきと考えられる点を以下に記載します。
・「除くクレーム」とする補正をしたあとに「最後の拒絶理由通知」がなされた場合、「除くクレーム」の記載を削除することは目的外補正に該当することが多いという問題がありました。この問題に関して、審査ハンドブックには、必要以上に厳格に目的外補正の要件を適用することは適切でない場合があることや、出願人は面接等で補正案を提示して目的外補正についての審査官の見解を求めることができることなどが記載されています。このことから、「除くクレーム」の記載を削除したい場合には、面接等で補正案を提示することが有効な対応の一つになりうると考えられます。
・「除くクレーム」とする補正が新規事項の追加に該当しないことを主張する際、その補正が、「除くクレーム」とする補正が認められる類型のうちどれにあたるかを検討することは重要と考えられます。審査ハンドブックに記載された事例1は、このことを検討するうえで参考になります。この事例は、マーカッシュ形式で記載された化合物群から特定の化合物を除く補正をしたものです。筆者は、このような補正は「引用発明との重なりのみを除く補正」に該当する典型例であると考えていました。しかし、当該事例の[補正後の本願に対する審査の進め方]をみると、この事例における補正は、審査基準の「3.3.1(5)マーカッシュ形式等の択一形式のクレームについてする補正の場合」のcの類型に該当するものとして説明がなされています。このことから、「除くクレーム」とする補正が新規事項の追加に該当しないと主張する場合は、この事例のように「引用発明との重なりを除く補正」以外の類型に該当する可能性も考慮して、主張内容を検討することが重要と考えられます。
3.外国語書面出願の分割の実体的要件等について
3.1.改訂の内容
審査基準の以下の項目が改訂されました。
・第VII部第1章「外国語書面出願制度の概要」
・第VII部第2章「外国語書面出願の審査」
・第VIII部「国際特許出願」
<ポイント>
・外国語書面出願において、外国語書面のうちごく一部の翻訳文のみを提出したのちに誤訳訂正書によって翻訳文に記載のない事項を追加する補正は、誤訳の訂正を目的としていないことが明らかであり、誤訳訂正書による補正の濫用にあたり許されない。しかし、改訂前の審査基準では、このような補正の取り扱いについて十分に記載されていなかった。そこで、このような補正が翻訳文新規事項に該当するものと判断されることとなるように、審査基準が改訂された。
・原出願が外国語書面出願であって外国語書面のうちごく一部の翻訳文のみを提出したものである場合の分割出願における、分割出願の要件2(分割出願の明細書等に記載された事項が、原出願の出願当初の明細書等に記載された事項の範囲内であること)の判断基準が明確でなかった。具体的には、改訂前の審査基準には「外国語書面に基づいて判断する」と記載されており、ポイントの一点目と同様に、原出願の翻訳文に記載のない事項がその分割出願で追加され得る内容となっていた。そこで、要件2の判断基準が「原出願の外国語書面に記載された内容であって、かつ翻訳文に記載された事項の範囲内(ただし、原出願において誤訳訂正が許される範囲を含む)」となるように改訂された。
・原出願が外国語書面出願であってその翻訳文に誤訳が存在する場合、その分割出願においてこれを適訳にする手段として以下の①~③が考えられるが、どのような場合であれば分割出願の要件3(分割出願の明細書等に記載された事項が、原出願の分割直前の明細書等に記載された事項の範囲内であること)が満たされるのかが、改訂前の審査基準では明確でなかった。
①分割出願を外国語書面出願で行って、翻訳文を提出し、その翻訳文に存在する当該誤訳を誤訳訂正書により訂正する
②分割出願を外国語書面出願で行い、その翻訳文の提出時に当該誤訳を改める(誤訳訂正書による補正は行わない)
③分割出願を通常の特許出願で行い、その明細書等の提出時に当該誤訳を改める
そこで、①の場合であれば要件3は満たされ、②および③の場合だと要件3は満たされないことが明記された。
3.2.実務上の留意点
3つ目のポイントに特に留意すべきでしょう。要件3が問題となる時期、すなわち原出願の査定時に、分割出願を通常の特許出願で行ってしまうと、原出願の翻訳文に存在していた誤訳を、その分割出願において適訳にするのが困難になる懸念があります。したがって、原出願の査定時にする分割出願は、外国語書面出願で行うのが望ましいでしょう。
4.同一発明についての同日出願の一部が審査請求されていない場合の取扱い等について
4.1.改訂の内容
審査基準の以下の項目が改訂されました。
・第I部第2章第1節 「本願発明の認定」
・第III部第4章「先願」
<ポイント>
・改訂前の審査基準では、同一発明についての同日出願の一部が審査請求されていない場合、出願人の異同によらず審査を進めることができない旨の通知をする運用となっており、また、第39条2項以外の拒絶理由に基づいて拒絶査定をすることはできなかった。これにより、円滑な手続が行えず早期権利化の妨げとなるおそれがあった。
・そこで、出願人相違の場合は、上記の通知に代えて協議指令をすることとし、また、第39条2項以外の拒絶理由が解消されない場合はこれに基づいて拒絶査定をする運用となった。
・出願人同一の場合は、上記通知に代えて協議指令をすると同時に第39条2項の拒絶理由を通知する運用となった。
4.2.実務上の留意点
これまでは、審査を進めることができない旨の通知がなされる運用だったため、急いで応答する必要性はそれほど高くありませんでした。しかし、今回の改訂により協議指令がなされる運用となったため、急ぎの対応が必要になる場合が考えられるでしょう。
また、出願人相違の場合は、第39条2項以外の拒絶理由に基づいて拒絶査定がなされる可能性があることにも留意すべきでしょう。
5.第29条の2の適用の要件における出願人同一の考え方について
5.1.改訂の内容
審査基準の以下の項目が改訂されました。
・第III部第3章「拡大先願」
<ポイント>
・改訂前の審査基準には、会社分割があった場合の出願人同一の判断について明記されていなかった。そこで、会社分割は「一般承継」に該当し、会社分割があった時から承継の効力が生じるものと解釈して、本願出願時における出願人同一の判断をすることが明記された。
執筆者 江原健史郎
