臨床試験プロトコル(試験実施計画書)に基づく臨床試験の対象に係る医薬用途発明の進歩性判断

(令和5年(行ケ)第10019号:知財高裁令和6年8月7日判決)

[本事件の概要]

 本件特許:特許6353838号

 発明名称:IL‐4Rアンタゴニストを投与することによるアトピー性皮膚炎を処置するための方法

 本件特許権者(被告)は、抗IL-4R抗体を有効成分とするデュピクセント(一般名:デュピルマブ;効能・効果:アトピー性皮膚炎、気管支喘息等)を製造販売しているところ、本件特許は、アトピー性皮膚炎治療を目的とした当該抗IL-4R抗体の用途発明に関するものである。

 本事件では、本件特許無効審判請求(無効2021-800003号)に対する、特許庁による請求不成立審決(以下、本件審決という。)を知財高裁が支持した。具体的には、本事件は、原告の本件特許無効審判請求に対して、被告(被請求人)が本件特許請求の範囲の訂正請求(以下、本件訂正という。)を行った後、特許庁は本件訂正を認めた上で本件審決をしたところ、原告(審判請求人)が本件審決の取消しを求めて知財高裁に提訴したという事案である。本事件の主な争点は、進歩性要件、サポート要件、実施可能要件であり、いずれの要件も満たすとした本件審決を知財高裁は支持した。以下では、前述の争点のうち、進歩性要件について考察する。

裁判所ウェブサイトリンク:

・判決要旨:https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-point_pdf-93292.pdf

・判決全文:https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-93292.pdf

[本件特許の訂正請求項1]

「患者において中等度から重度のアトピー性皮膚炎(AD)を処置する方法に使用するための治療上有効量の抗ヒトインターロイキン‐4受容体(IL‐4R)抗体またはその抗原結合断片を含む医薬組成物であって、ここで前記患者が局所コルチコステロイドまたは局所カルシニューリン阻害剤による処置に対して十分に応答しないかまたは前記局所処置が勧められない患者である前記医薬組成物。」

*前記下線は本件訂正箇所である。また、本件特許請求項2~16は請求項1の従属項である。以下、各請求項記載の発明をまとめて「本件訂正発明」という。

[引用発明との異同]

 原告は、甲1(ClinicalTrials.govに登録されたデュピルマブのフェーズ2臨床試験プロトコル(試験実施計画書))に記載された引用発明に基づく進歩性欠如を主張した。甲1には、以下の引用発明が記載されており、本件訂正発明1(前述)と引用発明との一致点及び相違点は以下のとおりである(本件裁判例より抜粋し、下線は筆者において記載)。

【引用発明(甲1)】

 中等度から重度のアトピー性皮膚炎(AD)患者に対する効果、安全性などを評価するための試験に使用される、REGN668を含む治験薬組成物であって、ここで前記患者が18歳以上で、少なくとも3年間の慢性アトピー性皮膚炎を患っており、局所コルチコステロイド又は局所カルシニューリン阻害剤による処置に対して十分に応答しない患者である前記治験薬組成物。

【一致点】

 抗ヒトIL‐4R抗体又はその抗原結合断片を含む組成物であって、中等度から重度のアトピー性皮膚炎(AD)であって、局所コルチコステロイド又は局所カルシニューリン阻害剤による処置に対して十分に応答しない患者に投与されるものである点

【相違点】

 本件訂正発明1は、中等度から重度のアトピー性皮膚炎(AD)であって、局所コルチコステロイド又は局所カルシニューリン阻害剤による処置に対して十分に応答しない患者を処置する方法に使用するための、治療上有効な量の抗ヒトIL‐4R抗体又はその抗原結合断片を含む医薬組成物であるのに対し、引用発明は、治験薬組成物である点

 すなわち、甲1に記載された治験薬:REGN668(一般名:デュピルマブ)は、抗IL-4R抗体であって本件特許明細書の実施例に記載されている「mAb1」と同一物質である。一方で、本件訂正発明と甲1に記載された発明は、前者が医薬組成物であるのに対して、後者は治験薬組成物である点において相違する。

[裁判所の判断]

(1)技術常識の誤認に関する原告の主張について

 まず原告は、本件審決が、アトピー性皮膚炎に関する技術常識として、急性期と慢性期に分けて、慢性期に入るとIL-4などのTh2系サイトカインよりもインターフェロンガンマ、IL-12産生が優勢となると認定したことについて、本件審決の上記認定は技術常識に反すると主張する。しかしながら、各証拠文献の記載に鑑みると、アトピー性皮膚炎は、炎症の強い急性期(急性病変)ではTh2細胞が優位になるが、慢性状態(慢性病変)になるとTh1細胞優位となり、炎症部位や病期によって、Th2細胞とTh1細胞間で揺れ動く(Th1/Th2バランスが変化する)という作用機序を有することが本件優先日における技術常識であったと認められると裁判所は認定した。

(2)容易想到性の判断の誤りに関する原告の主張について

ア.原告は、甲1の試験(第II相試験)に先立ってアトピー性皮膚炎患者に対するREGN668の第I相試験が行われ、引用発明に係るREGN668が医薬品としての有用性が期待できる薬物であると既に判断されており、アトピー性皮膚炎がTh2/IL‐4等が優勢な疾患であるという正しい技術常識に照らし、抗ヒトIL‐4抗体であるREGN668が奏功することは当業者が予測できたことであると主張する。

イ.しかし、・・・アトピー性皮膚炎の免疫経路の複雑さも考慮すると、炎症部位や病期によってTh1/Th2バランスが変化し、このバランスのみでアレルギー疾患を理解することは困難であったことが本件特許の優先日当時の技術常識であり、それ以前に、IL‐4及びこれを産生するTh2細胞を含む、特定の細胞とサイトカインがアトピー性皮膚炎で果たす役割についての当業者の理解は、標的療法の開発の機会を生み出す(・・・)にとどまり、特定の細胞とサイトカインのうちのいずれかを標的とすることによって、アトピー性皮膚炎の治療が可能になるような化合物(抗体等)の存在を解明するには至っていなかったといえる。そうすると、たとえ上記優先日前に、アトピー性皮膚炎の治療が可能になるような化合物(抗体等)の標的となり得る抗原である特定の細胞とサイトカイン(Th2/IL‐4)が知られていたとしても、他の多くの細胞とサイトカインも作用することが知られている中で、Th2/IL‐4の働きを阻害することで、本件患者を含む慢性アトピー性皮膚炎の治療効果を奏するかどうかまで当業者が認識できたとはいえないと、裁判所は判断した。

ウ.また、甲1における試験段階は第II相試験であり、甲21(乙1:Clinical Development Success Rates 2006-2015)によれば、第I相試験(フェーズ1)からの移行の成功率は63.2%(n=3,582)であり、第II相試験(フェーズ2)から第III相試験(フェーズ3)への移行の成功率は更に低く、30.7%(n=3,862。アレルギー疾患の場合には33%)にすぎないことが認められる。しかも、甲1に記載された情報は臨床試験のプロトコル(試験実施計画書)にすぎず、実際の試験結果については記載されていない。そうすると、甲1に記載された治験薬が、試験結果をみるまでもなく当然に治療上有効であると当業者が理解するともいえないと、裁判所は判断した

エ.また、原告は、・・・甲1には治験薬としてREGN668が示されているところ、治験薬と医薬組成物は相違しないし、第I相試験を経てさらなる臨床試験である第II相試験に供試された治験薬組成物に有用性が期待できることは当然であり、さらに、甲2にはこれを「医薬(medications)」であるとする記載があると主張する。しかし、甲1にはREGN668が本件患者に対し治療効果を奏し医薬用途に使用できることについて何ら記載がない。また、甲2においても、「2つの医薬について、ADに対する臨床試験が、IL‐4受容体を標的にして現在行われている(Aeroderm及びREGN668)」(訳)との記載があるだけであり、これは「REGN668」を含む2つの医薬についてアトピー性皮膚炎に対する臨床試験が行われているという文脈で「医薬」の用語が使用されていると理解されるから、医薬用途に使用できるものとして記載されているとはいえないと、裁判所は認定した。

オ.よって、本件訂正発明について、当業者が容易に発明をすることができたものではないとした本件審決の判断に誤りは認められないと、裁判所は判断した。

[コメント]

(1)現在、ヘルシンキ宣言の下、ヒトを対象とする臨床研究は、被験者の募集前に治験実施計画書等を公開データベースに登録し、結果は肯定的・否定的に関わらず公表義務が課せられており(世界医師会ヘルシンキ宣言35条、36条)、日本でも「治験の実施状況等の登録について」が発出されている(薬生薬審発0831第9号:令和2年8月31日)。

 一方で、医薬用途発明は、化合物等の未知の属性の発見に基づいて、当該化合物等の新たな医薬用途を提供するものであるが、実施可能要件を充足させるために通常は薬理試験結果の記載が求められる。

 すなわち、医薬用途発明の出願前に治験実施計画書が公知になると、当該発明の新規性や進歩性が失われる可能性がある一方で、薬理試験結果を取得する前に医薬用途発明を出願すると実施可能要件の問題が事後的に顕在化するおそれがある。そのため、特にヒトに特化した特定用途に関する医薬用途発明は、治験実施計画書の届出・公開時期との関係で、特許出願のタイミングが重要になる。

(2)本事件は、本件発明に記載の抗IL-4R抗体(REGN668)についての第II相試験の治験実施計画書(甲1)に基づく進歩性の有無等が争われた事案である。もっとも、甲1には実際の試験結果が記載されていなかったことから、「治験薬」に関する治験実施計画書の記載と技術常識から、当業者が「医薬組成物」として相当程度の確度をもって利用可能性ないし承認可能性を認識し得たか否かが問題とされたと言える。

 本判決では、前述のとおり、アトピー性皮膚炎の複雑な免疫経路等から、Th2/IL‐4という特定の免疫細胞/サイトカインの働きを阻害することで、慢性アトピー性皮膚炎の治療効果を奏することまで当業者が認識し得たとは言えないという技術常識を前提に、甲1が単なる治験実施「計画書」にすぎないことや、一般的な第Ⅱ相試験の成功率の低さ等を考慮して進歩性を肯定したと評価できる。しかしながら、様々な事情を踏まえて判断されているため、本件特許発明特有の技術常識を踏まえた事例判決という面も否定できない。

(3)また、本判決では、一般的な第II相試験の成功率等から、臨床試験の成功を当業者がどの程度認識し得たかという点も一考慮要素としている。したがって、第II相試験が成功した事実の公表後に特許出願した場合には、進歩性が肯定されにくくなることが想定される。実際、知財高裁令和2年(行ケ)10094号では、第III相試験の治験実施計画書を主引例として進歩性が否定されている。本事件とは、特許発明の内容や詳細な事案が異なるため一概には言えないが、第II相試験と第III相試験は被験者の多寡が異なるものの、いずれも治験薬の有効性等が評価されるため、一般的に第III相試験実施の段階では治験薬について一定の有効性が確認されていると言える。そうすると、知財高裁令和2年(行ケ)10094号の事案で進歩性を認めることは難しいと思われる。

(4)上記をまとめると、治験実施計画書を主引例とする進歩性の有無を判断した裁判例は多岐にわたるが、特許発明の内容や詳細な事案が異なるため、一般化し得る基準を導くことは難しい。もっとも、本判決と前述の裁判例を考慮すると、臨床試験が下流に進むにつれて(すなわち、第I相試験→第II相試験→第III相試験)、各治験実施計画書に基づく進歩性欠如を覆すことは困難になると考えられる。

(5)最後に、本事件は、医薬用途発明の出願時期と臨床試験(特に、治験実施計画書の届出・公開時期)のタイミングを検討するために有用であると考える。もっとも、現状において裁判所の判断は事案に応じて異なるため、可能な限り、治験実施計画書の公開前に必要な特許出願を完了すべきである。また、それが難しい場合でも、できるだけ早期の臨床試験中(臨床試験結果の公開前)に出願完了すべきと考える。

執筆者 運 敬太

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