本稿は、日本版パテントリンケージの近年、特に令和7年(2025年)以降の動きについてまとめ、考察したものである。
1.背景
後発医薬品等の承認は、先発医薬品の特許抵触がないことが前提となっている。後発医薬品等の承認審査において、特許抵触の有無について確認し、承認の可否を判断するシステムを、「パテントリンケージ」という。環太平洋パートナーシップ協定(CPTPP)18.53条は、一定の医薬品の販売承認に関し、特許権者への通知や、特許権者が上市前に救済を求める機会等を確保する制度を加盟国に求めている。日本では、平成21年の二課長通知*に基づき、後発医薬品の承認審査にあたり、厚生労働省は、先発医薬品の特許と後発医薬品との関係性に関する見解を、関係当事者双方から聴取した上で、医薬品の安定供給を図る観点から、承認の可否を判断している。具体的には承認審査中、承認審査段階と薬価収載段階の2回、後発医薬品について先発医薬品に係る特許抵触の有無について確認が行われている。
* 「医療用後発医薬品の薬事法上の承認審査及び薬価収載に係る医薬品特許の取扱いについて」(平成21年6月5日付け医政経発第0605001号/薬食審査発第0605014号)
2.日本型パテントリンケージの問題点と運用改善の検討 (令和6年7月25日)
令和6年度第5回 厚生科学審議会医薬品医療機器制度部会において、日本型パテントリンケージの問題点が指摘された。
-先発品の特許の効力が及ぶ範囲等についての裁判例や確立した学説が少なく、当事者双方の見解に隔たりがあり、厚生労働省における確認が困難なケースが増えてきている。
• 特許抵触の有無の判断は、特許権侵害訴訟等において、裁判所が行うものである。しかし、知財高裁判決(知財高判令和5年5月10日)によれば、後発品の承認前の段階では、後発品が先発品関連特許を侵害していないことの消極的確認訴訟は訴えの利益を欠くとして、却下された。そのため、当事者としては、厚生労働省が後発品の承認審査の過程で特許抵触の有無を確認する際に、司法判断を参照することは期待できない。
(同部会 資料3 https://www.mhlw.go.jp/content/11121000/001279253.pdf)
同部会では、日本型パテントリンケージの運用改善のために、以下の提案がされた。
-後発品の承認審査で考慮される、先発品の「物質特許」及び「用途特許」の定義・範囲、特許抵触の有無を確認するための手続きや後発品の承認可否判断の基準、医薬品特許の専門家の意見を反映させる仕組み、を検討するために研究班を設置し、調査・分析を行う;
• 調査研究の成果をもとに、バイオ後続品も含めたパテントリンケージ制度の改善のため、承認審査において考慮すべき特許の範囲等を明確化した上で、専門家への意見照会制度の導入について、検討を進める。
3.「日本型パテントリンケージ制度において医薬品特許の専門家の意見を反映させる仕組みの構築に向けた調査研究」 (令和7年6月30日)
(出典: 令和6年度 厚生労働行政推進調査事業費補助金 (厚生労働科学特別研究事業) 研究課題名 日本型パテントリンケージ制度において医薬品特許の専門家の意見を反映させる仕組みの構築に向けた調査研究 研究代表者名(所属機関) 加藤 浩(日本大学 法学部) 研究分担者(所属機関) 下川 昌文(山陽小野田市立山口東京理科大学 薬学部薬学科) 成川 衛(学校法人北里研究所 北里大学 薬学部臨床医学(医薬開発学)) 清水 紀子(札幌医科大学 医学部先端医療知財学講座) 令和6年度総括研究報告書」(厚生労働科学研究成果データベース) (https://mhlw-grants.niph.go.jp/project/178094)(2026年10月29日に利用)
当該報告書では、1.後発医薬品の承認審査において考慮される先発医薬品の「物質特許」及び「用途特許」の定義・範囲;2.専門委員による特許抵触リスクに関する評価基準;並びに、3.パテントリンケージにおける専門委員制度の運用指針(案)の考え方、を中心とする調査研究報告がされている。報告書は、以下の内容を含む。
パテントリンケージの対象となる物質特許と用途特許の定義も明確にされた。物質特許は、「化学式等を発明特定事項とすることで医薬品の有効成分それ自体を特定しようとする特許であり、特許請求の範囲の末尾の記載から物質であることが明らかな特許」と定義され、「単独でその「塩」、「結晶」、「水和物」のみを発明特定事項とする特許」、並びに、「動物及び植物に関する特許 」、「製造方法によって特定された化合物に関するクレーム(プロダクト・バイ・プロセスクレーム)」は含まない。
用途特許は「医薬用途に特徴があり、これを発明特定事項としてクレームに記載する特許であり、特許請求の範囲の末尾における「治療剤」、「治療用組成物」、「治療薬」等の記載から医薬用途であることが明らかな特許」と定義された。「対象患者や治療レジメンを細分化して、先発医薬品の添付文書の効能又は効果や用法及び用量を特定する発明(治療態様)」、「投与時間・投与手順・投与量・投与部位等 の用法及び用量が特定された、特定の疾病への適用を医薬用途とする発明(用法用量の発明)」、及び、「スイスタイプクレーム(「~医薬品を製造するための化合物Xの使用。」)で記載された発明」の特許についても、用途特許の一態様であるとして、後発医薬品の承認審査において考慮される。
バイオ医薬品に関しても、同様の基準で物質特許・用途特許を取り扱う、と記載され、(狭義の化合物の)医薬品とバイオ医薬品をあわせて、「医薬品」と呼称している。
研究報告書の概要版の結論には、以下のように、当事者の立場により意見の偏りがあり、引き続きの検討が必要である、と述べられている。
「多様な関係者へのヒアリング調査の結果、パテントリンケージ制度に専門委員制度を導入することについては概ね賛同が得られた一方で、業界団体においては団体ごとの意見の隔たりが大きいように感じられた。医薬品特許実務に精通した専門家は、事実上、先発企業又は後発企業のいずれかに偏った評価を行うのではないかとの懸念や、運用方法が未だ不明確との指摘もあった。こうした意見も踏まえた引き続きの検討が必要と考えられる。」
4.平成21年の二課長通知の改正通知 (令和7年10月8日)
令和7年10月8日、厚生労働省より、平成21年の二課長通知を改正し、新たな通知「医療用後発医薬品及びバイオ後続品に関する医薬品医療機器等法上の承認審査及び薬価収載に係る医薬品特許の取扱いについて」(令和7年10月8日付け医政産情発1008第1号・医薬審発1008第5号、医政局医薬産業振興・医療情報企画課長、医薬局医薬品審査管理課長 連名通知)が発出された。
https://www.mhlw.go.jp/content/001575895.pdf
新通知において、後発医薬品の承認判断の原則が基本方針として、再確認されている。
(1)先発医薬品(先行バイオ医薬品を含み、体外診断用医薬品を除く。)特許(物質特許)が存在することによって、当該有効成分に係る医薬品の製造又は製造販売ができない場合には、後発医薬品等を承認しない。
(2)先発医薬品の一部の効能又は効果、用法及び用量に特許(用途特許)が存在する場合であっても、その他の効能効果等を標ぼうする医薬品の製造又は製造販売が可能である場合については、後発医薬品等を承認できることとする。この場合、特許が存在する効能効果等については承認しない。
今回の改正により、今まで運用としてパテントリンケージの対象となっていたバイオ後続品も、正式にパテントリンケージの対象として明記される形となった。
新通知において、特許権者又は先発企業は、後発医薬品等の承認審査において考慮を求める物質特許又は用途特許がある場合、先発医薬品の再審査の調査期間終了前に、医薬品特許情報報告票を厚生労働省医薬局医薬品審査管理課に提出する義務があり、報告されない特許は、原則として考慮されないことが明確化された。また、再審査の調査期間の終了後、新たに物質特許又は用途特許が登録された場合には、特許公報発行日から30日以内に報告票を提出する必要がある。医薬品特許情報報告票は一般公開されない。
一方、後発医薬品申請者は、「承認取得後速やかに製造販売できること」を示す資料の提出が明示された。具体例として、①特許消滅を示す資料、②無効審決・判決、③非侵害を示す判決、又は、④特許権者・専用実施権者の同意書・契約書等が挙げられる。
新通知は、「非公開の特許情報報告+行政審査」という日本型パテントリンケージの枠組みを維持しつつ、情報提出ルールを明確化したものと解される。
5.専門委員制度の施行開始 (令和7年11月14日)
令和7年11月14日、厚生労働省 医薬局 医薬品審査管理課長より「医療用後発医薬品及びバイオ後続品の承認審査に際する特許抵触の有無の確認における専門委員制度導入の試行について」と題する通知(医薬薬審発1114第1号)が発出された。
https://www.mhlw.go.jp/content/001594987.pdf
「専門委員制度」は、後発医薬品(バイオ医薬品を含む)の承認審査の中で、先発医薬品と後発医薬品との特許抵触の有無について確認を行うに当たり、医薬品特許に関する専門家から意見を聴取することが必要と認めるときは、専門委員に意見を聴取することができる制度である。「2.日本型パテントリンケージの問題点と運用改善の検討 (令和6年7月25日)」で言及された「専門家への意見照会制度の導入の検討」を受けたものであり、「3.日本型パテントリンケージ制度において医薬品特許の専門家の意見を反映させる仕組みの構築に向けた調査研究」において案が提示されている。医薬品特許の効力範囲等について「判断を示した裁判例が豊富にあるとは言えない」状況を踏まえ、厚生労働省が、中立的な医薬品特許専門家から意見を聴取することができる制度を、試行的に導入するものである。
対象品目は厚労省医薬品審査管理課が指定する。バイオ医薬品が含まれるが、体外診断用医薬品は含まれない。
医薬品審査管理課から専門委員への意見照会の手続は以下の通りである。
(1)医薬品審査管理課は、承認申請中の後発医薬品等を対象品目として指定した場合には、当該後発医薬品等の申請者(「後発企業」)及び先発医薬品の製造販売業者(「先発企業」)の双方に対し、その旨の通知を行う。
(2)後発企業及び先発企業は、承認申請資料、医薬品特許情報報告票、特許抵触の有無に関する自社又は特許権者の見解をまとめた資料、特許庁による判定制度の結果、などの資料のうち、専門委員への共有について同意するものがあれば、通知を受けた日から30営業日以内に、医薬品審査管理課宛てに提出する。
(3)後発企業及び先発企業は、厚生労働省のウェブサイトにて公開する専門委員候補名簿をもとに、自社と特別の利害関係を有する専門委員候補について医薬品審査管理課に申告する。
(4)医薬品審査管理課は、専門委員候補名簿の中から、後発企業及び先発企業のいずれとも特別の利害関係がないことが確認された専門委員(通常3名)を選定し、特許抵触の有無に関する意見照会を行う。
(5)医薬品審査管理課から意見照会を受けた専門委員は、医薬品審査管理課から以下に掲げる資料の提供を受けた日から30営業日以内を目処に、専門委員間で協議の上で意見書を作成し、医薬品審査管理課宛てに提出する。この間、専門委員は、医薬品審査管理課を介して、後発企業又は先発企業に対する質問又は追加の資料提供の依頼を行うことができる。
(6)医薬品審査管理課は、専門委員から意見書を受領し、意見照会が完了した後、速やかに、後発企業及び先発企業に対して、専門委員への意見照会手続が終結した旨通知する。
(7)医薬品審査管理課は、承認予定日の経過等により後発医薬品等の承認可否についての最終的な判断が公になった後、希望する後発企業及び先発企業に対して、専門委員の氏名及び所属、個人情報等をマスキングした上で、専門委員から受領した意見書の写しを開示する。
厚生労働省による特許抵触の確認に、医薬品特許に関する専門家の知見を制度的に取り入れる仕組みが導入された点は、従来の運用からの重要な変化である。一方、専門委員による意見書は、あくまで行政判断の参考資料としての位置づけであり、最終的な承認可否を決定するのは厚生労働省である、という従来の枠組みは維持されている。意見書作成期間が30日と短期間であること、個別案件を担当した専門委員の氏名・所属が、案件の当事者にも明かされない点については、手続きの透明性の観点から検討の余地が残ること、などの問題点も指摘されている。後発企業及び先発企業の双方の納得が得られたかなどの、専門委員制度の試行的導入の十分な検証が必要であろう。
6.「医薬品特許情報の専門的評価の枠組み構築に向けた調査研究」 (令和8年7月8日)
(出典: 令和7年度 厚生労働行政推進調査事業費補助金 (厚生労働科学特別研究事業) 研究課題名 医薬品特許情報の専門的評価の枠組み構築に向けた調査研究 研究代表者名(所属機関) 加藤 浩(日本大学 法学部) 研究分担者(所属機関) 山本 隆司(東京大学 大学院法学政治学研究科) 清水 紀子(札幌医科大学 医学部先端医療知財学講座) 下川 昌文(山陽小野田市立山口東京理科大学 薬学部薬学科) 令和7年度総括研究報告書」(厚生労働科学研究成果データベース) (https://mhlw-grants.niph.go.jp/project/180679)(2026年10月29日に利用)
当該報告書では、①最近の医薬品特許の裁判例の動向の分析、②有識者へのアンケート調査、③業界団体との意見交換、④専門委員への意見照会制度の試行的運用による課題の抽出、を実施し、専門委員制度について、改善提案が取りまとめられている。さらに、日本におけるパテントリンケージ制度の中長期的な仕組みのあり方について、行政法等の観点からも調査研究が行われ、パテントリンケージ制度に関するCPTPPとの整合性についても確認されている。
専門委員制度の試行的運用に関しては、①意見照会の対象とする特許の範囲、②バイオ医薬品特許の取扱い、③均等侵害・間接侵害に関する評価、④意見書作成のために必要な資料の収集、⑤個別案件における専門委員の委嘱プロセスの透明化、⑥専門委員による意見書作成期間について、引き続き検討すべき事項が整理されている。外国のパテントリンケージ制度との比較を行い、日本の制度への示唆が示されている。
当該報告書では、専門委員制度の運用改善にとどまらず、日本のパテントリンケージ制度そのものに踏み込み、各国のパテントリンケージ制度の比較分析に基づき、CPTPP18.53条との整合性を考慮した、複数の新制度を提案している点は注目に値する。
7.特許権存続期間延長制度と後発医薬品の承認についての先発医薬品企業団体と後発医薬品企業団体の意見表明
近時の日本版パテントリンケージを考える上では、特許権存続期間延長制度との関係も重要である。特に、延長された特許権の効力が後発医薬品にどの範囲まで及ぶかについては、近時の裁判例でも判断が分かれており、後発医薬品の承認・上市の予見可能性に直接影響する。この点について、先発・後発双方の業界団体から相次いで意見が公表されている。
先発医薬品企業団体が、特許延長制度のより柔軟かつ拡大された適用、後発医薬品の承認の厳格化を求めるのに対し、後発医薬品企業は、特許期間延長制度のもとで延長された特許権の効力範囲の明確な判断の枠組を求めている。
(1)日本製薬工業協会 知的財産委員会 (先発医薬品企業団体) (令和8年5月18日)
https://www.jpma.or.jp/information/intellectual/institution/lofurc000000demv-att/position_paper.pdf
特許期間延長制度の運用に関する近時の司法判断及び後発医薬品の承認に対する当委員会の見解
延長された物質特許や用途特許の特許権の効力があたかも及ばないかの如く、それら後発医薬品やバイオ後続品が承認されてしまうのであれば、日本において特許期間延長制度が実効性をもたないことと同じ結果をもたらす。特許期間延長制度が適切に機能しなければ、日本での新薬創出に向けた製薬企業の投資判断に影響を及ぼし、日本での創薬・研究開発投資や新薬上市の優先度の低下につながるおそれがある。
・・・
当委員会は、物質特許や用途特許の存続期間中であるにもかかわらず後発医薬品の参入が発生している現在の状況に対して、強い懸念を表明する。我が国における創薬・研究開発投資の予見可能性を確保し、革新的な新薬を患者に届け続けるためには、特許期間延長制度がその本来の趣旨に沿って運用され、知的財産権が適切に保護されることが不可欠である。
(2)一般社団法人 日本経済団体連合会 (先発医薬品企業団体) (令和8年9月15日)
https://www.keidanren.or.jp/policy/2026/049.html?shem=aimgspe,
2026年度規制改革要望
(5)創薬・先端医療
No.24.医薬品の添付文書改訂手続きの特許権存続期間延長の対象への追加
<要望内容‧要望理由>
企業は、医薬品の承認後も、新たな有効性‧安全性に関する情報等に基づき、当局と添付文書改訂相談を行っている。当該添付文書改訂は、承認事項ではなく届出事項であるが、禁忌の削除‧修正や用法及び用量に関連する注意の変更等、臨床的影響が大きく重大な安全対策である場合、臨床試験中及び当局との協議中は変更後の情報を前提とした販売活動ができない等、改訂が完了するまで、実務上、特許発明の実施や新たな情報提供を行い得ないことがある。
しかし、現行の制度では、これら安全性確保のための手続きが延長登録の理由の対象外となっている。企業が安全対策に積極的に取り組んだ結果、特許権の存続期間が実質的に短縮されてしまう。・・・
そこで、添付文書改訂相談の手続きのうち、臨床データ等に基づく重大な禁忌の削除・修正や用法及び用量に関連する注意の変更等、臨床的インパクトが大きく、特許発明の実施が事実上制約されたものについては、特許法上の存続期間延長登録の出願の対象に加えるべきである。
(3)日本ジェネリック製薬協会 知的財産委員会 (後発医薬品企業団体) (令和8年10月8日)
https://www.jga.gr.jp/assets/uploads/2026/2026_patent_term_extension.pdf
医薬品の特許期間延長制度に関する当委員会の意見
厚生労働省が後発医薬品の製造販売を承認する際、先発医薬品に係る物質特許及び用途特許との関係を確認する、いわゆるパテントリンケージの運用が行われている。しかし、特許請求の範囲の解釈に加え、延長登録された特許権の効力範囲については、個別事案ごとの判断に依存する部分が大きい。特に、延長された特許権の効力範囲に関して、有効成分について水和物・無水物等の差異がある場合や、添加剤、含量規格、剤形等に差異がある場合の取扱いは、必ずしも明確とはいえない。この不明確さは、先発企業と後発企業の双方にとって事業判断を複雑化し、承認後の係争を招く要因となる。
・・・
「実質同一」基準の意義と限界
オキサリプラティヌム事件(知財高裁大合議判決知財高裁平成29年1月20日大合議判決(平成28年(ネ)第10046号))は、延長された特許権の効力が、承認を受けた医薬品そのものに限らず、医薬品として「実質同一」なものにも及び得ることを示し・・・
最近では、既に延長期間が満了した高含量規格品に対し、別途付与された低含量規格品について延長された特許権の効力を重複して適用しようとする争いもある。オキサリプラティヌム事件の「実質同一」の輪郭は未だ明確ではなく、対象特許が物質特許あるいは用途特許であっても、延長された特許権の効力範囲を一義的に導くことは困難な状況にある。いずれにせよ、近時の下級審判決を含む今後の裁判例の蓄積により、物質特許、用途特許、製剤特許等の性質に応じた効力範囲が、一定程度明確化されることが期待される。
8.パテントリンケージ、特許権存続期間延長登録が問題となった裁判例について
(1)抗VEGF加齢黄斑変性症事件
原審: 東京地裁令和6年12月16日決定・令和6年(ヨ)30028号
債務者は、厚生労働省に対し、債務者製品のバイオ後続品を製造販売する行為が本件特許権(特許第6855480号、特許第7233754号)を侵害する旨の告知をした(医薬品特許情報報告票)。本件は、債権者が、上記告知は不正競争防止法2条1項21号所定の不正競争に当たると主張して、債務者に対し、差止めの仮処分を求めた事案である。
東京地方裁判所は、債務者の不正競争によって債権者の営業上の利益を侵害されるおそれがあるとはいえないし、保全の必要性があるともいえないとして、申立てを却下した。
この決定では、形式的には不競法2条1項21号所定の「虚偽の事実を告知し、又は流布する行為」にあたる場合であっても、「パテントリンケージ制度に基づく医薬品特許情報提供の趣旨に照らして相当性を有するものと認められるときには、パテントリンケージ制度が予定する正当な行為として違法性を欠く」という考え方を採用している。
抗告審: 知財高裁令和7年8月13日決定・令和7年(ラ)10003号 抗告棄却
厚労省・PMDAによる特許情報の収集は、医薬品承認という行政処分に先立つ情報収集であり、通常の市場・取引先に対する「競合品が特許侵害品である」という告知とは性質が異なるため、厚労省等への情報提供は不競法2条1項21号の「他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知」する行為には当たらない。
原審と結論は同じであるが、結論に至る論理が原審と異なる。
(2)止痒剤事件
知財高裁令和7年5月27日判決 令和3年(ネ)10037号
本判決では、後発医薬品(被告製剤)が特許発明の技術的範囲に属するか、特に『有効成分』の意義が争われるとともに、存続期間が延長された特許権の効力が当該後発医薬品に及ぶかが問題となった。
特許発明; ナルフラフィン(フリー体)を有効成分とする止痒剤
後発医薬品: ナルフラフィン塩酸塩
原審(東京地裁): 後発品の「有効成分」がナルフラフィンの「フリー体」ではないことを理由に、特許発明の構成要件を充足せず、均等論も認められない。
控訴審(本件): 明細書、出願経過、出願当時の技術常識等を考慮し、後発医薬品において、実質的に効能・効果を生ぜしめる成分はフリー体の「ナルフラフィン」であるから、「ナルフラフィン」(フリー体)も有効成分であるとして、「有効成分」という用語を広く解釈した。結論として、後発医薬品は特許発明の技術的範囲に属すると判断し、合計217億円余りとする高額な損害賠償額が認定された。
(3)ダサチニブ(スプリセル)事件
東京地裁令和7年5月15日判決 令和5年(ワ)70527号・令和6年(ワ)70016号
「先発医薬品について延長された特許権の効力が、少し形態の異なる後発品まで及ぶのか」が検討された事案である。
後発医薬品は、先発医薬品と有効成分が同じであるが、先発医薬品の有効成分が水和物であるのに対して、後発医薬品は、同じ化合物の無水物である、という点において相違する。判決は、先発医薬品は、後発医薬品と医薬品として実質的に同一とは認められず、延長された特許権の効力は後発医薬品には及ばないと判断した。
本判決は、延長された特許権の効力が及ぶ範囲の判断にあたり、「政令処分に係る医薬品に加えて、医薬品として実質同一なものにも効力が及ぶ」との前提を掲げているが、その適用が適切であったのかについては、検討の余地がある判例である。
9.考察
日本のパテントリンケージは2025年以降、「厚労省による通知ベースの内部的な確認の運用」から、「対象特許・判断資料を明確化し、専門家の知見を制度的に取り込む仕組み」へ移行しつつある。しかし、延長特許の効力範囲や手続保障・透明性についてはなお課題が残る。
当事者の立場(先発医薬品企業又は後発医薬品企業)の相違により、望ましいと考える制度、運用は必ずしも一致しないであろうが、医薬品の承認官庁である厚生労働省、及び特許権の設定登録官庁である特許庁の双方の協力により、公平性、公益性を考慮した適切な制度、運用の検討が継続されることが必要と考える。
以上
(執筆者 泉谷 玲子)
